にしださんからのいただき物

私は死ぬ、と、少女は呟いた。
だがそれはグレートスピリッツの意志なのだ、グレートスピリッツが私の死を必要としているのだ、と。
だから悪いがお前の妻になることは出来ない。
それが最後に聞いた少女の言葉だった。
言葉そのものは未だに頭にこびり付いたまま片時も離れることはなかったが、その言葉を呟いた声は、最早思い起こすことは出来なくなっていた。
子供の頃のことだったから無理もない。

だがそんな自分が厭だった。
あの少女の死に馴れてしまう自分が厭だった。
あの少女の死を、運命だったのだと受け入れようとしている自分が、猛烈に厭だったのだ。
だから必死で修行して、最高のシャーマンになって、シャーマンファイトを司る最高の聖職、十祭司の一人に選ばれた。
少しでもグレートスピリッツの意志に近付く為に。

嘗ての未来の妻たる存在だった少女は、俺がまさかそんなに抜きん出た実力を得たシャーマンになるであろうことなど、全く想像もしなかったに違いない。



クロニック・ラヴ

書いた人:にしだ


生まれて初めての海外滞在であった日本から、故郷の村に戻って来てしばらくの時が過ぎていた。
俺担当の選手の殆どはこのパッチの村に辿り着いて来た。勿論俺自身が試験し見出した選手ばかりであったから、彼らが本戦に残るであろう自信は持っていた。
しかし自分の判断に対する自負とは別に、やはりそれだけ思い入れのある選手達であるからこそ心配もしていたし、その心配を他所に彼らが勝ち残って来てくれたことはとても嬉しかった。
続々と選手が集まり、活気付いてくる村の中。俺はそんな喜びを噛み締めながら、あてもないままに村のメインストリートを歩いていた。
選手達相手にシャーマンファイト運営の資金を稼ごうとする観光用店舗が出並ぶ間を掻き分けるようにして進んで行く内に、前方に見知った影を見付けた。

それも例外なく、観光用店舗の一つだった。店舗と言っても商品が並べられているわけではない。店を入ったところにあるテーブルの上に無造作に積み重ねられた伝統衣装の山。その奥に素人が描いたのが明白な安っぽい書き割り。青い空に白い雲に赤い大地と山脈に適当に配された人の形のようなサボテン。そんな書き割りの横に下手糞な字で「インディアンになって写真撮影!!」という字が(英語と中国語とポルトガル語とフランス語と日本語で)書かれた汚らしい看板。
書き割りの前に立って奇妙なくらいの無表情をカメラに向けている少女が、そうだった。
それは、俺の担当選手の一人である『麻倉葉』の、許婚だった。
少女はパッチ族の――というより世間一般で認識されている“インディアン”的な――衣装を身に着けて仁王立ちになっている。貫禄があり過ぎる
ぱしゃり、と音がした後少女は腕を解き、すたすたとカメラを構えた男の前に行った。少し経てば表れるから、と言う男の手からまだ生暖かそうなポラロイド写真を受け取って代わりに小銭を男に手渡している。
少女と入れ替わりに、後に並んでいた客がやはり全身“インディアン”の格好をして書き割りの前に立ち、男は再びカメラを構える。少女は写真を興味なさそうにポケットに突っ込んで、奥から出て来た。
声を掛けようとした矢先に、店の表で待っていた恐ろしく小柄な少年が少女に近付いた。全部ひっくるめれば自分よりかさが大きくなりそうな紙袋を多数抱えて、ふらふらしている。
「終わったのアンナさん。随分長かっ…いや何でもないです」
言葉の途中で少女に氷点下の視線で睨まれて、少年の言葉の語尾は小さくなっていった。それを待って少女は小馬鹿にしたように鼻先で笑い――良くするその仕草は、どうやら少女の癖らしかった――、何気なさそうに少年から視線をそらした時に、俺と視線が合ってしまった。
わざわざこちらから声を掛ける手間が省けた。
だから俺はにこり、と、人が良さそうに見えるであろう笑顔を貼りつけて、今度こそ片手を上げて挨拶した。
「やあ君達。相変わらず元気そうで何よりだ」

「葉は修行メニューをこなしてるわ。買い物なんてしてるヒマあるわけないでしょ」
「…というわけで僕がアンナさんの荷物も…じゃなくて、買い物の付き合いをすることになったんです」
途中で例によって冷めた目で睨まれて、少年は言い直した。酷く無表情な視線なだけに迫力があって恐ろしい。その視線の意味するところを熟知している少年にとっては尚更だろう。
あまりにも気の毒だったから荷物持ちを少し手伝ってやろうかと思案した時、少年が何かに気付いたように隣の少女を振り返って見た。
「あ、ところでアンナさん。どんな写真撮れたの?」
少年に訊かれて少女は思い出したように衣装の隙間から、下に着たままの自前のワンピースのポケットに手を突っ込み、先程仕舞っていた写真を引っ張り出して太陽にかざした。
「どれどれ」
思わず私も覗き込む。少年と少女と三人で、頭を付き合わせて一つの写真を覗き込んでみると。
「…何よこれ。ピンボケしてるじゃないの」
「…あ、ホントだ」
確かに少女の表情が少し朧になっている。
「ああそれか。今日客が多くて疲れてたんじゃないかな?」
俺がそう言うと、少年が怪訝な顔をして俺を見上げて来た。
「…疲れてたって?」
「そこで写真撮ってるシャーマンだよ」
俺が中でカメラを構えている男――仲間の十祭司の一人だが――を指差す。
「疲れてると写真上手く撮れなくなるの?」
「ああ。だってその写真、念写で撮ってるから」
「………」
少しの間を置いて。
「ギャーーーーーー!!!!貞子ーーーーーっ!!!!!!」
と叫びながら、少年は物凄い勢いで走り去って行った。
「…貞子って誰」という少女の呟きが聞こえたが――俺も長く日本に滞在していたから意味を知っていたが――敢えて知らないフリをした。






「…全く。これだけシャーマンに囲まれてるってのに、ちっとも馴れないのね。まん太のやつ」
少女は少年が残していった紙袋に無造作に写真を突っ込みながら、整った眉をしかめた。
この少女はいつ見ても眉をしかめているか、人形のような無表情で居るか、どちらかだ。ほんの少し口角を上げることさえしない。まるでアレのようだ。何と言ったか。
そうだ。能面。日本の伝統芸能の。
日本人は表情があまり変化しないから、何を考えているのか判らない。
少女はそんな中でも特に、てきめんに表情が判り難かった。
だが、それでも以前に比べれば、わずかな表情の変化から多少はその心情の動きは読めるようになった。それで解ったことだが、少女は表面的な態度や表情からは解り難いことだが、本当は。
当の少女は今、ぶつぶつと何やら文句を言いながら羽根の髪飾りを外そうとしていた。
それで俺は思わず「ああ、そのままで」と声を上げて制止してしまった。
「…何よ」
今度は眉と言わず顔全体をしかめて、俺を見た。明らかに不審がっている。
「いや、折角良く似合っているから。もう少し着ていたら」
我ながら苦しい言い訳だと思った。というより、俺自身何故止めてしまったのか、自分でも理解出来なかったのだ。
しかし俺の言葉に、少女がほんのわずかに睫を震わせたのを見逃さなかった。
少女は相変わらずの仏頂面のまま、いつもにも増した無愛想な声音で呟く。
「…これ借り物だけど」
「大丈夫だって。ホラ、彼も今忙しいし…ちょっとくらい借りたって気付かないさ」
俺が指差した方を少女が追って見た。
俺の指の先では、相変わらず「インディアンになって写真撮影!!」の看板の横で、実に憔悴し切った顔の祭司がカメラを構えている。
祭司の前では、恐らく少女と然程歳の変わらないシャーマン二人組がにかっと笑ってポーズを取っているし、その後には順番待ちの客がずらりと並んでいる(殆どが子供だったが、中にはいい歳をした大人も居る)。
順番待ちの客は台の上の色とりどりの衣装をあれでもないこれでもないと掻き分け選り分け選んでいて、衣装はぐちゃぐちゃになっている。何処に何があるのか解らない。一着くらいなくなっても分かりっこないだろう。
勿論これもパッチ族出費の衣装だから、後で返して貰う積もりだった。確かに戻しに行った時に嫌味の一つも言われるかも知れないが、相手は知った仲だし、別に気にする必要もなかった。
少女は眉をしかめたまま、ほんの少しだけ、首を右に傾けた。
「…じゃ、もう少し着てようかしら」
少女は案外直ぐにそう言った。
口調は酷くそっけなかったのだが、恐らくその衣装を気に入っていたのだろう。少女のちょっとした表情や声音の変化から、それは推測出来た。
そんなことを考えていると少女は「何にやけてんのよ」と鋭い口調で言う。表情に出てしまっていたらしい。適当に笑って誤魔化すと、少女はそれ以上突っ込んでは訊いて来なかった。
これが俺でなかったら――例えば許婚の葉君だとかあのまん太少年だとか、或いは葉君のチームメイトならば――多分反論を許さない激しい口調で問い詰めて、最後には手や足を出すのだろうが、俺にはそうしないのだ。
少女が馴れぬ手つきで髪飾りを付け直そうとしたので、俺が彼女の手からそれを取って、きちんと付け直してあげた。少し出過ぎた真似だったろうか、と思って少女を見たが、少女は不愉快そうに身動ぎしただけで何も言わなかった。
余計な警戒心を解いてやろうと、俺が無意味ににこにこ笑うと、少女はやはり低い声で「…気色悪い」と呟いた。
俺が「それは酷いなぁアンナちゃん」と返すと、「馴れ馴れしく呼ぶな」と吐き捨て、少女はまん太が取り落とした紙袋を掻き集めて持った。
「ああ、おじさんが持ってあげよう」
「結構よ」
「重いだろう?君一人では大変だよ」
「………」
少女はしばらく黙っていたが、やがて観念したように持っていた紙袋を俺に手渡した。実際持たされてみると予想していたより随分重たかった。これを一人で持たされていたあの少年を慮ると同時に、一体この村だけでどうしてこんな多量の買い物が出来るのだろう、と密かに思った。
まぁお陰でシャーマンファイト運営資金も少しは潤ってくれるだろうが。
俺が紙袋を持つのを確認もせず、少女はすたすたと歩き出した。結構な早足だった。だが俺は直ぐに追い付いて少女の隣に並んだ。
「お姫様。これからどうなさるお積もりでいらっしゃるのですか?」
俺がふざけて言うと、少女は完全に呆れたような顔をして、「…呑気な祭司」と言った。確かに呑気だ。カリム辺りに見られないようにしなくてはなるまい。本当のところを言うと、俺も店番をさぼってここらをフラフラしていたところだったのだ。
そんな俺の内心を知ってか知らずか、少女は酷くあっさり言った。
「もう帰るわ」
「え?もう?未だ何処か行きたそうだったのに…遠慮しなくていいんだよ?」
「葉が待ってるもの」
「…そうか」
少し残念だった。
「もう少しアンナちゃんのその格好を見て居たかったけどね」
「何で」
「いや良く似合ってるし。ね?」
少女は更に眉をしかめた。ひょっとしたら不機嫌なのかも知れなかった。
誉めた積もりだったが、少女がそう取ったのかどうかは自信がなかった。
「君達日本人と私達ネイティヴ・アメリカンは祖先が一緒だというからね。
だから膚の色も髪の色も瞳の色も一緒なわけだし…特にアンナちゃんは美人だし目鼻がはっきりしているから、そうしていると本当にネイティヴ・アメリカンの女の子に見えるよ」
…こう言っては嫌がるだろうか、とふと思った。日本の少年少女は俺達の工芸品にはとても興味を示すが、背後にある文化にはさほど関心を持たない。そして、俺達ネイティヴ・アメリカンという人種自体にも。
日本人は外国人に対する憧憬が強いようだが、彼らが憧れるのは基本的に白人だけで、自分達と同じ有色人種――勿論俺達ネイティヴ・アメリカンもそうだ――のことは、寧ろ逆に、見下しているようである。それが短期間ながらも日本に滞在した俺達が察した、日本人の本心だった。
目の前に居る少女も日本人の一人だ。そんな少女がそう言われたとして、果たして嬉しいだろうか。
そう思って少女の顔を伺ったが、相変わらずどう取って良いのか判断し難い顔をしたまま詰まらなさそうに俺を見て――そして一言、小さな声で。
「有難う」
と言った。
少女の口から謝辞が出るのを聞いたのは多分これが初めてだった。
嬉しくなかったと言えば嘘になる。
昔初めて狩りで父親に誉められた時のような、そんな子供じみた誇らしさが湧き上がって来た。 それでつい俺は調子に乗って続けた。
「それにね、君に良く似た子を知ってるんだよ」
てきめんだった。少女の表情は一気に不機嫌なそれへと変化した。勇み足だったということか。
「何それ、常套の口説き文句みたいね」と少女は辛辣だった。俺は苦笑いするしかない。十四も離れた子供を口説くわけないだろうが、と思ったがそれを言うとそれはそれで不愉快にさせるのが明白だったので敢えて口にしなかった。幾ら俺が女性に縁がないとは言え、それくらいの常識はある。
代わりに「まぁそう言わずに聞いてくれよ」などとおどけて見せると、少女はまた例の笑い方をして俺から視線をそむけた。
少なくとも拒絶ではない。だから構わず俺は続けた。
「彼女は私と同じ年に生まれた子でね。とても聡明で綺麗な子だったよ。無口であまり人と交わろうとはしなかったけれど、本当はとても素晴らしい心を持っていることを私は知っていた。動物や植物や、大地や空気や水や、そういった自然のものをこよなく愛したから。誰よりもグレートスピリッツの心に近いところに居た子だったんだ」
隣の少女は意外にも神妙な顔をしている。それで俺は息を継ぎ、話を続けることにした。
「彼女はパッチ族の中でも特に有力なシャーマンの家の直系の娘だった。勿論彼女自身、とても優秀なシャーマンで将来を期待されていたね。私もシャーマン家系の出身だったけれど、彼女の家ほど名門でもなかったし、私自身あまり優秀ではなかった。だから彼女にはとても憧れたよ。シャーマンとしても、パッチ族としても、人間としても…」
「で、それがアンタの初恋だったってわけ」
鋭い指摘。流石女の子だ。これが少女の許婚の少年や仲間達では未だ未だ子供過ぎて、とてもそこまで気付かないだろう。その当時の俺ですら、自分で自分のそれがそうだということにはちっとも気付かなかった。
でも今の俺は大人で、残念なことに既に、後は歳を取るしかない年齢だった。
だからあっさりと、笑ってこんな話が出来る。
「うん。彼女は私のことなんか歯牙にも掛けなかったけれどね」
「でしょうね。今でもサエないビンボー祭司なんだし、子供の頃の様子も想像に難くないわね」
「酷いなぁ」と俺は笑った。
勿論、少女が本心からそれを言っているわけではないことは知っている。俺の実力を読み誤る程、少女は未熟なシャーマンではない。
否、ある意味では少女は、シャーマンキングを目指す許婚の少年以上に。
「でも彼女は私の婚約者だったんだ。生まれた時からそう定められていた。私みたいなサエないシャーマンが許婚だったから、きっと彼女は不服だっただろうね。でもそれがグレートスピリッツの意志なら、と思っていたみたいだった」
そう。少なくとも当時は、俺はサエないシャーマンの卵だった。どう考えたとて彼女とは不釣合いの存在だった。
隣の少女が一瞬視線を泳がせたのを、確かに見た。
恐らく、身につまされるものがあったのだろう。
『あたしは葉を愛してる』と平然と言い切る少女だが、そう言い切れるようになるまで何があったのか、それは解らない。しかし割り切れないものが、少なくとも過去には、在ったのは確かだろう。
竹を割ったようにアッサリ『愛してる』だの『信じてる』だの口にするのは、裏返せば、そうすることが出来ないかも知れない可能性を意識しているということなのだ。
勿論、幼い少女の誇りを傷付けたくはなかったから、敢えて指摘はしなかった。
指摘してやらなくとも少女自身がそのことを一番良く自覚しているのだから。
「君はその子に少し似ているんだよ」
俺がそう結ぶまで、少女は殆ど表情を変えなかった。そしていつもの、気だるげな口調――これも敢えて指摘はしないが、少女の許婚と似たり寄ったりの口調だ――で、感想を述べてくれた。
「…随分回りくどいお世辞ね」
「お世辞じゃないよ。少なくとも君に対して言う場合はね。私が憶えている彼女は、ちょうど今の君くらいの歳の姿だから」
「…『憶えている』? 何よ、未だ結婚してないの?アンタもういい歳でしょ」
「彼女は死んだよ」
ひゅう、と俺と少女の間を風が通り抜けて行った。
少女が俺に向けた目は眠たげな表情を浮かべていたが、その底には、少し強張ったような光があった。
「…死んだの」
「そう。今の君くらいの歳でね」
俺は淡々と述べた。別に意識してそんな口調なわけでなく、単に俺が歳を取り過ぎていて、最早何も感じなくなってしまっていたから、何の感情も込められなかっただけのことだ。
「どうして死んだの?」と訊く彼女に、
「病気だよ。この村で交通事故なんて起こるわけないし」などと軽口を叩いた。
毎日何百人の人間を、道を走る自動車のトラブルで亡くす国の少女に向かって。この村にだって自動車くらい在ったが、それで死者が出るだなんて、少なくとも村の中では信じられない話だ。
「不治の病だったんだ」
俺がそう言うと、少女は微かに肩を震わせた。同情くらいしてくれたのかも知れない。
「現代医学だったら或いは治せたのかも知れないが、私達の部族の医術では助けることは出来なかった。出来たことと言えば只…祈ることだけだった。
それが我々の本来の仕事だしね」
俺は笑った。
少女は笑わなかった。
「村から出てきちんとした設備のある病院に入れる方法もあったが、彼女は拒否した。これも全てグレートスピリッツの意志だから、と」
少し言葉を切って少女の反応を待ったが、聞いているのか聞いていないのか、返事もしない。表情一つ変えない。少し不安になったが、そのまま続けた。
「自分が生きるのも、自分が死ぬのも、それは全てグレートスピリッツが望んだこと、グレートスピリッツが自分の死を必要としているのだ。だから、そうである限り、どうなろうと自分は従う。生きることも死ぬこともそのまま受け入れる、と。
現代社会の常識で考えれば、医学の治療なしで助かるはずのない病だ。村人も俺も、死ぬしかないと思ったし、本当はきっと、彼女自身もそう思っていたのだろう。だが彼女は最期まで取り乱すこともなく、静かに逝った。グレートスピリッツの御心のままに」
俺はそこで隣の少女の方を向いた。少女も俺の方を向いたので、再びにこり、と笑顔を浮かべてみせた。
「彼女は誇り高いシャーマンだった。私も彼女のことは今でもに誇りに思っている。
彼女みたいなシャーマンになりたくて、私はこの道を選んだようなものだ」
少女がすっと目を細めた。
「嘘だわ」
「…え?」
「本当はそれだけじゃないでしょ。本当はもっと思うことがあったんじゃないの。だからアンタは、祭司にまで上り詰めたのよ」
本当にこの少女は鋭い。
そして、敢えて考えないようにしている部分にまで、ずかずかと踏み込んで来る程に、傲慢だ。
「勿論、そうさ。色々な事情があって祭司になったよ。まさか子供の頃の思い出を後生大事に抱えてなったわけじゃない。私もそこまで暇じゃないよ」
俺が話の核心を外して言うと、少女は冷たい目で俺を見て「そういうことを言ってるんじゃないわ。とぼけないでよ」と言った。
「じゃあ何を言ってるんだい?」と訊いたが少女は呆れたように一つ溜息を吐いて、答えなかった。そして別の言葉を口にした。
「あんた結婚は」
「してない。恋人も居ないよ。ずっと一人身だ。」
「…本当にヤスッポイ話。あんたみたいなロクデナシ祭司にはお似合いだわ」
とんでもなく辛辣なことを言ってくれる少女だ。
「まさか。単に私がサエないビンボー祭司で、女の子にモテないだけのことだよ」
「どうだか。ま、それもそうでしょうけどね」と少女は言う。
「酷いなぁ」と俺は笑った。今日この少女に対して何度この言葉を吐いただろうか。けれど多分それもこれで終わりだろうと思った。
ちょうどその頃、目の前に少女が滞在している宿舎が見えて来たからだ。
隣の少女を横目で見る。少女はやや顎を上向きにして薄い唇を更に細く引き結び、眠たげな、しかし鋭い眼差しを真っ直ぐ前に据えて歩いている。脇目も振らず一心に。
少女の髪の飾りが揺れる。
風が吹く。風が俺の髪と彼女の髪を揺らす。彼女がこちらを向く。彼女の知的な瞳が俺を見詰める。彼女の黒い湖水のような瞳に俺の顔が写る。彼女に射竦められ、気圧されるだけの俺の表情が。彼女は細い指で肩に掛かる三つ編みを押さえる。その指使いが彼女の癖だということを俺は良く知っている。何故なら俺はいつも彼女を見ていたから。空や大地や鳥や精霊を見るのと同じように彼女を見ていたから。
彼女は俺の顔を見て小馬鹿にしたように口元を歪める。その口元がゆっくりと綻び、赤い唇が開いて、俺の名を―――
「シルバ」
そこで我に返った。
…一瞬心臓が飛び出るかと思った。
噛み付くように隣を歩く少女を振り向いた。
俺の視線の先に居たのは日本人の少女だ。
彼女ではなかった。
気の強いその少女が珍しくも気圧されたような顔をしていた。どうやら俺は余程険しい顔をしてしまっているようだった。
「…何よ」
「今、君…」
「だってアンタの名前シルバでしょ?何よ、呼んじゃ悪いの?」
「いや悪くないけど…」
でも君は今まで一度だって私を名前で呼ばなかったのに、今更何で、と言おうと思ったが、余りにも大人げないと思って無理やり飲み込んだ。だが俺が言わんとしたことを察したのだろう。隣の少女は俺の視線から逃れるようにわずかに目を伏せた。長い睫が頬にくっきりとした影を落とした。
必死で記憶を辿る。だが辿ろうにも既に曖昧になってしまった記憶だった。今目の前に居る少女の“実在”の強烈さに塗り潰されてしまい、幾ら思い出そうにも“彼女”の姿は目の前の少女の姿を借りてしか浮かび上がって来ない。
だがそれは錯覚だ。
俺はもう十四歳の少年ではないし。
この少女は彼女ではない。彼女はもう死んだのだ。永遠に“少女”のままで。
けれど目の前でパッチ族の――とは少し違うのだが――衣装を身にまとい、俺を『シルバ』と呼んだ、目の前に立つ少女は。
「シルバ」
もう一度俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。声の主を見る。声の主は俺の目の前で相変わらずの気だるい眼差しを俺に向けていた。
何度目を瞬かせても、そこに居るのはその少女だった。
「ここまででいい。後は自分で帰るから」
そう言って少女は俺の手に下がっている紙袋に手を伸ばした。それで俺にまともな思考がようやく戻って来た。
玄関まで持つよ、先にそれ脱いだら、と短く言うと、少女はこくりと頷き、髪飾りを外した。
途端、少女のいつもの垢抜けた雰囲気が戻って来る。
そのままパッチ族の羽織も脱ぐと、いつものワンピース姿の少女が現れた。麻倉葉の隣に居る少女。
それで、俺の記憶の混乱は不意にぷつりと途切れた。
俺はほっと息を吐いた。
少女の手から衣装を受け取り、代わりに紙袋を渡す。平気で人に荷物持ちをさせる癖に、いざ自分で持つ時には重たそうな素振りを決して見せない辺りが強情だ。
少女の小さな手が俺の節くれ立った手に少し触れた。少女はわずかに体を強張らせ、止まった。
少女はそのまま俺の手から自分の手を離さなかった。
不思議な手だった。厭に冷たかった。何かの感情を込めた触れ方ではなく、何か大切なメッセージを伝えようとするかのような、深刻な触れ方だと思った。
少女はしばらくそうしていたが、やがてぽつりと言った。
「最後に一つ訊くけど」

「…その人が亡くなったのはいつの話」
「そうだね。もう十四年前になるかな」







じゃ、あたしが生まれた年に死んだのね、と、少女は小さな声で呟いた。


終幕



('01.1.1 update)



from 中谷美紀:「クロニック・ラヴ」



* イイワケ *

何で本誌買ってないのに単行本未収録部分を舞台にするかね!! 憶えてないっつの。しかも何でシルバアンナなんだよ!!ぎゃふん!!あたし結構「マンキン」サイト回ったけど今までにシルバアンナなんて一本しか見たことないよ。シルバ葉は結構あるのだろうけど(でも残念ながら興味ないので見ない)。
しかし勝手に設定作るなよ。何か凄ェ厭な話。これではアンナちゃんはあの顔の男全員と関わりあるってカンジになってまうで。ぐは。
アンナちゃんの前世がハオ(てゆーか葉王)の嫁さんだった説はかなり濃厚っぽいけどね。

テーマ曲についての解説(何それ): 中谷美紀「クロニック・ラヴ」

このタイトルが気に入ったのは「クロニック」ってのがね。というのも「クロニクル」という言葉が「年代記」という意味だから。しかし辞書で調べてみると、確かに「クロニクル」はそうだが、「クロニック」と形容詞になると実に月並みな「激しい」だの「慢性的な」などといった意味になることを知ってしまった。ぎゃふん。でもまぁいいや。使われる意味がどうであれ「年代記」という意味合いが残っているならそれで、と思って妥協。
中谷美紀は好きです。物凄い音痴ですけど(酷)。あたしが昔「ガンダムW」で同人やってた頃、良く中谷美紀の歌をタイトルに引きました。コドモの硬質な、そして奥底では救いようもなくドロドロしたレンアイ、に実に良く似合う系統です。残念ながらワンピにはあまり使えない。逆にワンピはコドモには使えないような曲(例えばシャ乱Qとか平井堅とか)も平気で使えるからそれはそれで良いのですが。





戴いてしまった者のコメント

切ない話もさることながら、ページデザインにも酔いしれていただけましたでしょうか。何故なら私がデザインした訳ではないからです。
にしださんがご自身のサイトから「シャーマンキング」のコンテンツを撤退なさった際、希望者に配布なさったのがこの話です。
申し込んだのが遅かったというのに、掲載まで了承してくださったにしださんには感謝の念に絶えません。このお礼は必ず致します(大蛇丸←アンコ前提のイビアンとか。って別ジャンル)。
にしださん、ありがとうございました。

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