私は死ぬ、と、少女は呟いた。
だがそれはグレートスピリッツの意志なのだ、グレートスピリッツが私の死を必要としているのだ、と。
だから悪いがお前の妻になることは出来ない。
それが最後に聞いた少女の言葉だった。
言葉そのものは未だに頭にこびり付いたまま片時も離れることはなかったが、その言葉を呟いた声は、最早思い起こすことは出来なくなっていた。
子供の頃のことだったから無理もない。
だがそんな自分が厭だった。
あの少女の死に馴れてしまう自分が厭だった。
あの少女の死を、運命だったのだと受け入れようとしている自分が、猛烈に厭だったのだ。
だから必死で修行して、最高のシャーマンになって、シャーマンファイトを司る最高の聖職、十祭司の一人に選ばれた。
少しでもグレートスピリッツの意志に近付く為に。
嘗ての未来の妻たる存在だった少女は、俺がまさかそんなに抜きん出た実力を得たシャーマンになるであろうことなど、全く想像もしなかったに違いない。
クロニック・ラヴ
書いた人:にしだ
生まれて初めての海外滞在であった日本から、故郷の村に戻って来てしばらくの時が過ぎていた。
俺担当の選手の殆どはこのパッチの村に辿り着いて来た。勿論俺自身が試験し見出した選手ばかりであったから、彼らが本戦に残るであろう自信は持っていた。
しかし自分の判断に対する自負とは別に、やはりそれだけ思い入れのある選手達であるからこそ心配もしていたし、その心配を他所に彼らが勝ち残って来てくれたことはとても嬉しかった。
続々と選手が集まり、活気付いてくる村の中。俺はそんな喜びを噛み締めながら、あてもないままに村のメインストリートを歩いていた。
選手達相手にシャーマンファイト運営の資金を稼ごうとする観光用店舗が出並ぶ間を掻き分けるようにして進んで行く内に、前方に見知った影を見付けた。
それも例外なく、観光用店舗の一つだった。店舗と言っても商品が並べられているわけではない。店を入ったところにあるテーブルの上に無造作に積み重ねられた伝統衣装の山。その奥に素人が描いたのが明白な安っぽい書き割り。青い空に白い雲に赤い大地と山脈に適当に配された人の形のようなサボテン。そんな書き割りの横に下手糞な字で「インディアンになって写真撮影!!」という字が(英語と中国語とポルトガル語とフランス語と日本語で)書かれた汚らしい看板。
書き割りの前に立って奇妙なくらいの無表情をカメラに向けている少女が、そうだった。
それは、俺の担当選手の一人である『麻倉葉』の、許婚だった。
少女はパッチ族の――というより世間一般で認識されている“インディアン”的な――衣装を身に着けて仁王立ちになっている。貫禄があり過ぎる
ぱしゃり、と音がした後少女は腕を解き、すたすたとカメラを構えた男の前に行った。少し経てば表れるから、と言う男の手からまだ生暖かそうなポラロイド写真を受け取って代わりに小銭を男に手渡している。
少女と入れ替わりに、後に並んでいた客がやはり全身“インディアン”の格好をして書き割りの前に立ち、男は再びカメラを構える。少女は写真を興味なさそうにポケットに突っ込んで、奥から出て来た。
声を掛けようとした矢先に、店の表で待っていた恐ろしく小柄な少年が少女に近付いた。全部ひっくるめれば自分よりかさが大きくなりそうな紙袋を多数抱えて、ふらふらしている。
「終わったのアンナさん。随分長かっ…いや何でもないです」
言葉の途中で少女に氷点下の視線で睨まれて、少年の言葉の語尾は小さくなっていった。それを待って少女は小馬鹿にしたように鼻先で笑い――良くするその仕草は、どうやら少女の癖らしかった――、何気なさそうに少年から視線をそらした時に、俺と視線が合ってしまった。
わざわざこちらから声を掛ける手間が省けた。
だから俺はにこり、と、人が良さそうに見えるであろう笑顔を貼りつけて、今度こそ片手を上げて挨拶した。
「やあ君達。相変わらず元気そうで何よりだ」
「葉は修行メニューをこなしてるわ。買い物なんてしてるヒマあるわけないでしょ」
「…というわけで僕がアンナさんの荷物も…じゃなくて、買い物の付き合いをすることになったんです」
途中で例によって冷めた目で睨まれて、少年は言い直した。酷く無表情な視線なだけに迫力があって恐ろしい。その視線の意味するところを熟知している少年にとっては尚更だろう。
あまりにも気の毒だったから荷物持ちを少し手伝ってやろうかと思案した時、少年が何かに気付いたように隣の少女を振り返って見た。
「あ、ところでアンナさん。どんな写真撮れたの?」
少年に訊かれて少女は思い出したように衣装の隙間から、下に着たままの自前のワンピースのポケットに手を突っ込み、先程仕舞っていた写真を引っ張り出して太陽にかざした。
「どれどれ」
思わず私も覗き込む。少年と少女と三人で、頭を付き合わせて一つの写真を覗き込んでみると。
「…何よこれ。ピンボケしてるじゃないの」
「…あ、ホントだ」
確かに少女の表情が少し朧になっている。
「ああそれか。今日客が多くて疲れてたんじゃないかな?」
俺がそう言うと、少年が怪訝な顔をして俺を見上げて来た。
「…疲れてたって?」
「そこで写真撮ってるシャーマンだよ」
俺が中でカメラを構えている男――仲間の十祭司の一人だが――を指差す。
「疲れてると写真上手く撮れなくなるの?」
「ああ。だってその写真、念写で撮ってるから」
「………」
少しの間を置いて。
「ギャーーーーーー!!!!貞子ーーーーーっ!!!!!!」
と叫びながら、少年は物凄い勢いで走り去って行った。
「…貞子って誰」という少女の呟きが聞こえたが――俺も長く日本に滞在していたから意味を知っていたが――敢えて知らないフリをした。
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