贈り物

贈り物





 その部屋は、第三新東京市でも一、二を争うホテルの、最上の部屋だった。

 リツコは部屋に入り、窓の外の夜景に目を見張り、次に調度品を見回し、頷いた。

 「いい部屋ね」

 短い賞賛の言葉に、ボーイは満足そうな笑みを浮かべると、「それでは失礼します」と去っていった。

 リツコはバックを傍らにおいて、ベッドの端に座った。

 (これでいいのよ・・・ね)

 リツコがあの男のものとなったのは、今年、リツコの母が死んですぐの事だ。男は、母を自分の恋人のように扱っていたが、たぶんそれは嘘であって、母を操るための手段でしかなかった。

 自殺した母は、たぶんそのからくりに気付いてしまった。

 そして、同じ轍を、リツコもまた踏もうとしている。

 あの日、ほとんど無理やりに組み敷かれたのに、逃げなかった。

 それどころか。

 (私は・・・)

 未だに鮮明なその記憶は、彼女の中の最も汚れた感情を見せつけるようにして、何度も彼女を苦しませる。そこから逃げ出したいのが彼女の本心だった。けれど、それを否定していては、先に進まない気もした。

 (そのための相手は、誰でも良かったのだろうか?それとも、・・・あの男だったから?)

 分からない。

 ただ、今、ここにこうしている自分はひどく浅ましい、と思う。



 今日、ここに来たのは、あの男から連絡を受けたからだった。

 (このホテルに部屋を取ってある。予約は七時だ。私は八時以降に向かう)

 断られるとは思っていない傲慢さを、彼女は息を吐きながら反芻する。

 正直、クリスマス・イヴにホテルで逢う、などということを、あの男が考えるなどとは思わなかった。しかし、何を望んでいるのかはいつもと変わりない。

 (帰りたい)

 けれど、帰ってどうするのだろう。

 帰っても自分を待っているものなどない。

 母も、祖母も、猫達もいない。

 (寂しさが消えないぐらいなら、苦しみに耐えた方がまし、かもしれない)

 心の中で何度も自分にそう告げる。



 「赤木様」

 ノックの音で我に返った。

 先程のボーイであることを確認した上で扉を開ける。

 ボーイは、その手に、古びた包装紙に包まれた箱を持っていた。

 「お届け物です」

 「届け物?」

 「はい。どうぞ、ご確認下さい」

 あの男からだろうか?

 しかし、そんな気の回ることをするようには思えない。

 そうして、つと、挟まれているメッセージカードを見て、リツコは、

 「分かりました。ありがとう」

 と、ボーイを帰した。

 帰すなり、その意外な重さに驚きながら、テーブルの上に箱を持っていき、メッセージカードを引き抜く。

 「Merry Christmas」

 書かれてあるのはそれだけ。名前も何もないが、その字は間違いなく、死んだ母のものだった。

 「母さん・・・どうして?」

 母が生きているはずがない。その母がどうして、この部屋へプレゼントを贈ることができる?

 しばらくして、彼女ははたと気づいた。

 去年のクリスマスを、母はあの男と共に過ごしたはずだ。その後で、来年の自分に向けて、何か贈り物をしたのかもしれない。発注には、MAGIを利用したのかもしれない。

 この仮定は、あの男が母と一度とならず、クリスマスを、この部屋で過ごしていなければならない。

 (でも、あの人ならあり得る)

 母と娘を、同じ部屋で抱いても、あの男は何のためらいも、逆に喜びも湧かないのだろう。

 彼らしい話だ。リツコはより深く、息をつく。

 (でも、何を自分に贈ったの?)

 リツコはおそるおそる、テープも年数が経っていて、古びていることに気づきながら包装紙を剥がした。

 (つまり。これは、包まれてから何年も経っている)

 中には有名な洋菓子店の箱があったが、中身が洋菓子でないことは、明らかにテープが剥がされていることから分かる。店で菓子を購入して、中身を取り除いてから、別のものを入れたのだろう。指を伸ばし、缶を開けようとする。



 開けようとした時、気づいた。

 母は生前、あの男とのつきあいで、何をより気にしていたか。

 勿論、彼の消えた妻の存在もあるだろう。しかし、他のことも気になったのではないか。

 つまり、

 彼に捨てられること。

 そして、その後で彼の横に据えられるだろう、彼女以外の女のこと。

 彼女はすでに一度、リツコの父にあたる人間に捨てられている。それで、余計に捨てられることに過敏になっていたはずだ。

 なら、彼女が今のリツコと同じように、毎年のこの日、この部屋であの男を一時間以上待たされていたとすれば、彼女は自分の後に据えられるだろう女に対して、何を思うだろうか。

 そこまで気づいたとき、リツコは開けるのを止めようとした。しかし、彼女の指は、缶をすでに開けていた。



 「まったく、巷のカップルどもめ。クリスマスってのはキリスト教のものだっての。教会で聖歌を歌ってからホテルへ行け、歌ってから。ん?」

 彼は、MAGIを使用して作業を行っていた職員の一人だった。

 必要なデータを引き出すつもりが、偶然、別のデータも引き出してしまったらしい。本来ならば即座に消去し、引き出したことは忘れるべきなのだが、その作業をしている間に、

 「何だ、こりゃ」

 ついつい、口走ってしまった。

 全世界の宿泊所から、12月24日に宿泊する客のデータを集めること。

 そして、「ある人物」が「女性客」と共に、明らかに特定の目的で宿泊することが認められた場合、その「女性客」に「ある物」を送ること。

 「物」の使用が確認されなかった場合、速やかに「それ」を回収し、来年までしかるべき場所に保管すること。

 そうしたことが命じられたプログラムである。

 が、職員にはそれ以上、詳しいことを見ることはできなかった。それは、やはり見なかったことにした方がいい、ということだ。

 「じゃあ、達者でな」

 彼は、そう、芝居がかった言葉をかけると、自分の手元にコピーしてしまったそのプログラムと、入手経路を消去するプログラムを組んで、実行させた。

 とたんに彼は目を瞬かせた。すぐ側にあったMAGIの作業音が、一瞬、けたたましいものに、・・・まるで、泣きながらも笑っているようなそれに、・・・変わったように聞こえたのだ。



 部屋そのものを吹き飛ばした爆発に、彼女の意識は途切れた。




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