EVE−repeat itself− vol.3

vol.3 glimpse




>Kojiro

 「あなたが天城小次郎さんですか」

 物が散乱し、照明は懐中電灯だけ、という中、プリンと俺は薄汚れたベッドの上で向かい合っていた。なんともおかしな状況だ。

 プリンはそんなことなど、まったく気にしてない様子で、天真爛漫の笑みを浮かべて言った。

 「“はじめまして”。私、プリン、と申します」

 「そうか。よろしく」

 自分はプリンだ。彼女はそう言った。

 そして、俺とは初対面、と思っているらしい。

 これが芝居なら、大きく両手を開いて、「何たる事だ」とか叫んでいただろう。

 目の前にいるのは、金色の髪、小麦色の肌、青色の左目、金色の右目の、十八かそこらの少女。確かにプリンだ。いや、プリンではない。

 彼女の名は、プリシア=レム=クライム、という。・・・俺が半年前、大きく関わった女だ。


 彼女と出会ったのは、この事務所の側でだった。最初は、どこぞの汚い少年を馬鹿共の手から助けてやったのだが、その汚い少年が、実は美少女だったのだ。

 彼女はプリン、と名乗り、短い日数の間、俺の事務所に留まり、いろいろと事務所の世話をしてくれた。そしてちょうどそのころ関わっていた、幾重にも絡まる、エルディア共和国に関わる事件を追う中で、俺はプリンの正体を知った。

 プリンは、プリシア=レム=クライムに、暗示によって与えられた別人格であり、そしてプリシアは、エルディアの王位継承者だったのだ。当然、彼女は、王位継承騒ぎの渦中にあった。

 騒ぎの中で、色々な人間が死んだ。弥生の部下だった二階堂進も死んだ。エルディア前首相だったアクア=ロイドも死んだ。情報屋グレン。旧エルディア情報部のメンバー、ロス=御堂、ディーブ、他一名。そして奴の娘、シリア=フラット。

 そのほとんどをその手にかけたのが、プリシアのクローンであった、御堂真弥子だった。

 ほんの間、見知っただけの俺に、彼女は求婚し、俺はそれを受け入れた。それは、あまりにも孤独な彼女の、自分の境遇への抵抗だった。

 個々の事件は彼女の中の別の存在が引き起こしたものであって、彼女自身が起こしたものでは決してなかった。だが、彼女はやがて、いつ目覚めるか分からない、深い眠りに入った。

 そして、プリシアは国王の座についた。が、そのために払った犠牲は多く、・・・彼女も、やがては王権を廃する決意を、俺に打ち明けてくれた。

 俺個人にも変化があった。そのころ別れていた弥生とも寄りが戻ったし、恭子が俺と出会い、前にいた職場を辞めて、俺の事務所で働くことになったのもこの時だ。そして呈よく俺を小突き回していた柴田 茜(しばた あかね)とも、色々とあった末に深い関係になったし、そういえばシリアとも、・・・よく、あの短い日数で、と、我ながら感心するぞ。

 ともあれ、プリンはプリシアであり、暗示を解かれてエルディアに戻った以上、こうして俺の前に現れる理由などない。

 なのに、こうして「プリン」が俺の前に現れたのは・・・? 


1、この娘はプリシアである。ただし、新しく暗示をかけなおしたため、以前の「プリン」の時の記憶はない。

2、この娘はプリシアにそっくりさんの別人で、偶然にもプリンという名前だった。

3、この娘はプリシアである。そして、プリシアは俺をからかっている。


 まあ、妥当に考えるならば1が正解だろう。しかしプリシアの外見が少々稀な事を考慮に入れても、2の可能性も捨てがたい。個人的には3を強く希望したいが。

 どれにしろ、それ以外の理由にしろ、「どうしてこいつがここにいるのか」という疑問に対する回答にはならない。

 「で、一つ聞くが」

 「はい。何でしょうか?」

 俺は深く息を吸った。

 「おまえは何者で、どうして俺の事務所のベッドと壁の隙間に転がっていて、どうして事務所はこうなっていて、俺の相棒の、ポニーテールの女はどこへ行った?」

 一気にまくし立てると、プリンは俺の目をじっと見ていたが、

 「・・・私はプリンです」

 とだけ言って、俯いた。俺は目をそらした。俯く前に、目に涙が溜まっていたのを見てしまったのだ。懐中電灯の、オレンジがかった光で、それは綺麗に見えた。

 「私、記憶がないんです」

 プリンは、ぽつりと漏らした。

 「気付いたら、今朝、この町に突っ立っていて、・・・そして、手の中に、ここの住所と、小次郎さん(俺は、プリンが俺を「小次郎様」ではなく「小次郎さん」と呼んでいることについて、少なからぬ衝撃を受けていることに気付いた)の名前が書いてあったんです。私、何故か人が怖くて、一生懸命、地図を見ながらここへ来ました。

 「そうしたら、ポニーテールの人、・・・恭子さんのことですね?・・・が迎えて下さって、小次郎さんがいらっしゃるまで待つようおっしゃって下さったんです。

 「突然でした。恭子さんが私をここに押し込めて、じっとしているようおっしゃり、それに従った途端、部屋の電灯が割れて真っ暗になりました。訳の分からないまま、何か大きなものが壁にぶつかる音が何回も何回も起こって、そのうち、気を失ってしまって・・・」

 急いで彼女の肩に手を回すと、背を手の平で軽く叩いた。

 「もういい。分かった」

 「っ!・・・わたし、怖くて。・・・何もできなくてっ!・・・」

 「何も言うんじゃない」

 俺は、プリンが落ち着くまで、そのままでいた。ハンカチとティッシュなどという、気の利いたものは、・・・弥生が入れてくれていたらしい。手渡すと、二つを交互に使い、そのうち、ハンカチで涙を、ティッシュで鼻水を拭いていたものが、ハンカチで鼻水を、ティッシュで涙を拭いていた。やれやれ。

 その間、俺は考えにふけていた。

 ならば、恭子の髪留めが落ちていたのは、偶然ではない。恭子は暗闇の中で、侵入者に、自分がプリンである、と思わせるために髪留めを抜いた。そして、プリンの身代わりにさらわれた、・・・

 違う。いくら何でも、今は朝だ。金髪に両眼色違いの目、などと、はっきりとした特徴のあるプリンと、恭子を間違えてさらうなんて真似はしないだろう。

 つまり、考えられることは一つだ。

 俺はプリンの顔を上げさせた。その小さな顔を両手で包み、その大きな瞳を見つめる。

 「プリン。辛いかもしれないが、よおく思い出せ。そいつらは、何か言っていなかったか?」

 プリンは記憶をたどろうとしているのか、眉を寄せていたが、何か、閃いたようだった。

 「そういえば、陛下を見つけろ、と叫んでいました。ここにいた私の耳が痛くなるぐらいの大声で。そして、同じぐらいの大声で、陛下がいたぞ、と。後は、・・・覚えていません」

 「そうか。悪かったな、こんな事を聞いたりして」

 「大丈夫です。いくらでも聞いて下さい」

 そういって、プリンは俺がまだ頬を挟んでいた手に、そっと自分の手を添えて、微笑みながら下ろさせた。その手が小さく、それでいて雪に触れているかのような柔らかさに、自分の胸が高鳴ってきたのを感じた。慌てて手を離す。俺の様子に、プリンはいぶかしげに尋ねてきた。

 「あの、小次郎さん・・・?」

 「何でもない。さ、ここでいつまでもこうしていられないな。靴は履いているか。立てるか?」

 「はい」

 顔を背け、いささか乱暴に腕を引っ張りつつ、床の上に慎重に立たせた。

 しっかりしろ、俺。未経験の中坊じゃないだろうが、女の手ぐらいで赤面してどうする。しかも相手は、(場所は風呂場だし、過失とはいえ)裸まで見たプリンだぞ!

 (そうよ、そんなことをしている場合なの!?)

 横で、文句を言う人間がいないことに、気付いた。

 そう。恭子はいない。

 俺は気付いていた。恭子をさらった奴は、プリンが目的なんかじゃない。女王を見つけた云々の叫びは、プリンと、ひょっとしたらどこかに隠れていたかもしれない俺へのはったり、大嘘だ。

 奴らは、最初から恭子が目的でさらっていったのだ。

 いや、本来の目的は恭子じゃない。

 俺だ。


 携帯電話が、着信ベルを鳴らした。取る。

 耳を澄ませると、気分の悪くなるような、機械音が耳に届いた。

 『天城小次郎だな?』

 「天城小次郎“様”と呼べ」

 恭子の命さえかかっていなかったら、このまま電源を切ってやるところだ。

 案の定、相手は苛立った声を上げた。

 『いいのか?お前の大事な女は、こちらの手の中だぞ』

 「いるなら替われ」

 『いいだろう。つかの間の再会を喜ぶことだな』

 言い方が芝居がかった奴である。

 聞き慣れたメロディーの後(と、いう事は、電話の相手は恭子の携帯電話を使用している事になる。ひどい話だ。使用料を払うのは、回り回って、この俺なんだぞ!・・・いや、そんな貧乏くさい事を考えている場合ではない)、やがて、小さな、小さな声が聞こえた。

 『・・・小次郎?』

 まだ監禁状態が短いためだろうか、一応、そこにはいつもの落ち着きがあった。

 「ああ、俺だ。恭子だな」

 『そうよ。何時間ぶりかしら。あなたみたいな顔でも、しばらく見ていないのはつまらないものね』

 「おい、どういう意味だ」

 俺の周りの女は、一人として素直な奴はいない。俺は聖人君子のような人生を歩んできたというのに、一体何が悪いのだ。

 ・・・ごめんなさい、嘘をつきました。

 「いいか、恭子。俺は最後まで諦めない。休暇扱いは勘弁するから、お前も、何があっても諦めるな」

 こういう時に限って、自分が言いたいことを上手く言えないものだ。どうしようもない掻痒感が体を奔る。

 「パートナーとして、信じているからな」

 『そのパートナーって、どういう意味のパートナーかしら?』

 愉快そうな声に、とっさに答えに詰まった。

 恭子は笑い声とともに言った。

 『冗談よ』

 その笑い声に、俺は安堵するものがあった。まるでいつも通り、仕事の連絡をしているように話しかける。

 「冗談を言える気力があるなら十分だ。そっちは任せた」

 『分かったわ。任せて。ねえ。弥生さんは元気だった?』

 恭子の声は明るい。とっさに嘘がつけるほど、俺は器用じゃない。唇を噛む。

 「ああ。元気だった」

 『そう。私に何かあったら、彼女によろしく言っておいて』

 ・・・俺は地獄に堕ちるな。間違いなく。

 『じゃあ、替わってもらうから』

 物音がした後、再び、機械音が耳に響く。

 『どうだね、大切な女との再会は』

 「で、用件は何だ」

 『お前、人の話を聞いているのか!』

 いつもいつも、誘拐の被害者が、下手にでると思っているのか。馬鹿め。

 「聞いているぞ。で、何をすればいい?セントラル・アベニューのど真ん中で、三回まわってワンと鳴こうか?」

 『安心したまえ。それよりは遙かにたやすい仕事だ』

 急に、相手の調子は理性的な、落ち着いたものになった。ひょっとして、他の人間に替わったのだろうか?

 『聡明な君のことだ、我々の正体と意図ぐらいは把握しているのだろう?』

 雰囲気からして、本命のご登場かもしれない。俺は、先程とは比べものにならないぐらいの緊張感で答える。

 「さて、どうかね。分かることは、どうやら俺の魅力は、人間以外にも広まっているらしいことぐらいか」

 『ほう』

 「特に、過去の亡霊にはな。そうだろう、元エルディア官僚さんよ」

 電話の向こうで、相手が笑みを浮かべたように思えた。愉快そうな調子で返答がくる。

 『どうしてこちらが元エルディア官僚だと思ったのかな?』

 「企業秘密だ」

 さて、奴らの下っ端が恭子をさらっていったとき、陛下、と連呼している。

 その第一の理由は、先程述べたとおり、俺に、奴らがプリンと間違えた恭子をさらっていった、と思い込ませるため。

 そして第二の理由が、自分たちの正体を隠すためのものなのだ。他国の人間なら、エルディア国王、もしくは単に国王、だろう。エルディアの反乱分子でもおそらくは国王、だ。かっさらう相手を陛下、などと尊称で呼ぶのは、骨の随まで国への忠誠心(国王への、でないところがみそだな、これは)に浸っている奴だけだ。下っ端の人間でさえそうなのなら、その上にいる人間の身分は、容易に想像がつく。

 無論、それはわざと叫ばせた、ということから、実はエルディアとは何の関係もないことを隠すための罠、ということも考えられる。だが、俺は確信している。陛下、と叫ばせたのは、実は俺に「それは罠だ、犯人はエルディアの人間じゃない」と深読みさせて、真実から遠ざけさせるためのものだ。

 そして、第三の、そして真の理由は、こうしたことに俺が気付くか、という、俺への挑戦、というわけだ。

 「もっとも、確信を得たのはあんたと話してからだが」

 『ほう。どうしてだ』

 「古今東西、権力の頂上付近にいた人間のしゃべり方なんてのは、皆、似たようなものだからさ。そうだろう?」

 『・・・さて、元がつくかどうかは、そちらの判断に任せようか』

 「エルディア官僚である、もしくはあったことは否定しないんだな」

 『人と人とのコミュニケーションで一番大切なのは、互いの信用だよ。特に、嘘をつくのはいけない。そうは思わないか?』

 「信用を得ようとしている人間の、関係者をさらうのはいいのか?」

 皮肉は通じないようだった。相手の感情を揺さぶる役にも立っていないらしい。

 『非礼はお詫びしよう。そちらの大切な女性も、丁重に扱わせていただいている』

 「なら、返してくれないか。そいつに指一本でも触れたり、傷一つでもつけたりしてみろ。お前達、どうなるか分かっているよなあ?」

 相手方に記録を取られているのを警戒して、具体的な手段は全く言わない。脅迫の基本である。

 『安心したまえ。我々は、彼女をどうするつもりもない。彼女は、これから私たちの言うことを君に聞いてもらうための、いわば安全弁だ』

 「物は言い様だな」

 『日本語の言い回しは、時にくどいが、時に美しいものだ。さて、肝心の用件に移ろう。そちらのいる倉庫街から、三十分も歩いたところに、美術館があるはずだ』

 「ああ」

 『そこに、今日の午前十一時丁度に来てもらう。陛下のご同伴については、そちらの判断に任せよう。ただし』

 「ただし、何だ?」

 『きみが美術館へ来る事は、半年前の件で関わった他の人間には漏らさないこと。・・・分かるね?』

 「好きにしろ」

 『そうか。では、君との遭遇を楽しみにしているよ』

 電話は切れた。叩きつけてやりたい心境になったが、そんなことをしても何にもならないのは分かっていたので、黙って懐に入れ直した。


 「プリン。外に出るぞ」

 俺が電話をかけている間中、ずっと側にいたプリンは、俺が何か言うごとに顔の色をめまぐるしく変えていたが、切ると、緊張しきった顔でいた。俺の言葉にも黙って頷く。

 さて、そうなると問題はプリンの格好だ。どう考えても、金髪の髪に加え、左右色違いの目、というのは、日本では人目につきやすい。少々悩んだ末、髪は帽子で、目はサングラスで隠すことにした。無難といえば無難だが、髪染めもカラーコンタクトも持っていないので仕方がない。

 そういえば、と、俺はプリンの暗示について、重要な事を思い出した。

 確か、暗示を解除するには、特別な言葉を、第三者がプリンに聞かせる必要があるのだ。

 その言葉とは、確か、・・・

 何だっけ。

 ああ、んなことで悩んでどうする、天城小次郎。お前の記憶力はザルか!

 そうだ。

 「プリン」

 「はい?」

 俺はプリンに向き直る。

 「月は満ち、オアシスはうるおい、砂漠には緑が戻る」

 一気に言った。

 「・・・どうだ?」

 「・・・何がですか?」

 駄目だったか。

 「いや、何でもない。気にするな」

 俺は首を振った。さて、前の解除法では、今のプリンの暗示は説けないことが分かった以上、プリンの処置については、慎重に行わなければいけない。

 もう一度向き直り、プリンの手を取った。

 「プリン」

 「はい」

 「今のお前は知らないかもしれないが、お前の故郷は、この日本からずっと離れた、エルディアという国だ」

 「えるでぃあ」

 陶酔した様子で、目をつむってプリンはささやいた。

 「素敵な響きです。どこにある国なのですか?」

 「アラビア半島の南西部、だったはずだ。砂塵の国だ。俺も一度、行ったことがある。何もかもが、日本と違って見えた」

 「そこが、私の国ですか?」

 そう、お前は故郷という意味でそう言ったのだろう。だが、別の意味でも、エルディアはお前の国だ。心の中でそう告げた。今、プリンにすべてを告げるのは容易いが、危険すぎる。

 「そうだ。そこで、お前を待っている人が大勢いる。だから、お前は必ずそこへ帰るんだ。お前を待っている人のためにも、お前のためにも。今の境遇がどれだけ異常なものか、よく分かっていると思う。これからも何が起こるか分からないし、俺がエルディアに連れていってやりたいところだが、ひょっとしたらそれができない事態が起こるかもしれない。だが、いつか帰れる、そう信じ続けろ。そして、そのためにも、自分の力を信じろ。そして、どうすれば最善の道を行けるのか、常に考え続けろ。俺はこれから、お前を人に預ける」

 抗議の声を上げようとしたプリンの口を、指を立てて黙らせる。

 「その人は俺と同じぐらい、ある意味では俺以上に信用のおける人だ。勿論、俺は必ず帰るつもりでいる。だが、運悪く、何らかの事態が起こらないとも限らない。だから言うんだ。俺は、お前がエルディアに帰れるという事も、お前の力も信じている。だから、お前も信じてくれ」

 プリンは強い意志を込めた目で、ゆっくりと頷いた。

 「よし。じゃあ、このがらくたを脱出するぞ。変なものを踏まないよう、気をつけろよ」

 「はい」

 プリンの手を引いて、ゆっくりと進む。気をつけろ、と言った俺が、何かを踏んでひっくり返ったりしたら、間抜け以外の何者でもない。

 やっとの事で脱出すると、倉庫に鍵をかけ、倉庫街を出るべく歩き出した。

 相手の目的は、プリンや俺を含めて、半年前のエルディア王位継承騒ぎに関わった人間すべてだろう。相手は表に出て来なかった俺のことを知っている。それだけでも、かなり裏の事情に詳しい人間だ、と察しがつく。

 いや、プリンの救出の手柄こそ弥生に譲ったが、王位継承の儀式を見ていた人間は、俺のことをよく知っているはずだ。・・・観衆の注目の中、真弥子の婚約者として紹介されたのだから。

 となると、相手がどこまで知っているか、という見極めはきわめて難しい。まず、真弥子のボディーガードをしていた内閣調査室の法条は、少し調べればすぐに分かるはずだ。プリンを救出した弥生については、大々的に報道されたのだから調べるまでもない。問題は茜だが、・・・茜は表向き、事件には関わっていない。二階堂殺害について、殺した本人を除いては、最後に二階堂に会った人間だった、ということは知られていない。ましてや、二階堂が茜にエルディアの国爾を手渡していたため、ディーブに捕らわれ、監禁された、などということは。

 茜が王位継承騒ぎに関わっていることを知っているかどうかが、相手の巨大さの分かれ目かもしれない。あいつは王位継承騒ぎについての事を記事にし、売れっ子に返り咲いたが、あいつが記者として記事を書いたか、それとも当事者として記事を書いたか、それを嗅ぎつけてしまう人間が果たしているか。

 (そうか。では、君との遭遇を楽しみにしているよ)

 あの男(?)はどうか。嗅ぎつけている可能性は、大いにあり得るが、・・・

 やめた。今は、どうやって恭子を救出するかだ。

 今回ばかりは人手が欲しい。それも、信用がおける上、俺と肩を並べるぐらいの実力を持つ奴でないと困る。だが、心当たりのある奴の内、一人は今向かっているもののプリンを預けるためだし、一人は現在捕らえられており、二人は海の藻屑、最後の一人は俺の要望ですぐに動ける奴じゃない。

 と、いうところまで考えていたときだった。

 「あら、久しぶりじゃない」

 馬鹿な考えが頭をよぎった。ひょっとして俺の魅力は、過去の亡霊だけでなく、運命の女神にも広まっているのか、と。




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